良寛和尚図

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良寛和尚図

(0003)

『良寛和尚図』
遍澄 画
蔵雲 賛

漢詩

ふ由許毛り(ふゆこもり) 者る散り久れハ(はるさりくれば) 以悲こ布と(いひこふと) 久佐乃庵遠た散い天ゝ(くさのいおりをたちいでて) さ登尓い遊けハ(さとにいゆけば) さと許と裳(さとこども) い萬遠者流弊と(いまをはるべと) 多万ほこ能(たまぼこの) 美知の地萬當耳(みちのちまたに) 天まりつ久(てまりつく) わ礼毛末之理天(われもまじりて) 所能南可に(そのなかに) 飛ふみ与以む奈(ひふみよいむな) ゝ可川氣者(ながつけば) あは雲當非(あはうたひ) あ可う多悲者(あがうたひば) 難者川久(なはつく) 都き天うたひ天(つきてうたひて) 可春み當川(かすみたつ) 南可幾者る非遠(ながきはるひを) 久良之川留閑母(くらしつるかも)
都き轉見餘(つきてみよ) 悲ふみ与いむ奈や(ひふみよいむなや) 許ゝ能東を(ここのとを) と遠登お散め天(とをとおさめて) ま多者し万留遠(またはしまるを)

良寛道人肖像可念法(坊)遍照(澄)図之長歌一首
雲寒華録千秋叢舎 (蔵印)(華子寒印)

解説

遍澄(1801〜1878) 新潟県三島郡和島村(現長岡市)の鍛冶屋早川家の長子として生まれる。俗名市内(いちない)。幼い頃から身体が弱く、家に籠もることが多く学問を好むようになる。8歳頃、和島村の妙徳寺賢深和尚の指導を受ける。15歳で良寛の弟子となる。以後、良寛が亡くなるまで、良寛の身の回りの世話をする。良寛亡き後、子弟の教育や良寛詩歌の収集に尽力する。75歳で没する。良寛が2800首余りもの詩歌を残せたのは、遍澄の支えによるところが大きい。

蔵雲(1812〜1869) 長野県の生まれ。群馬県前橋市の龍海院第29世住職となる。弘化4(1847)年に柏崎市に来杖し、貞心尼から良寛の詩を教えられ感銘を受ける。貞心尼と協力し、日本で最初の良寛詩集『良寛道人遺稿』を江戸で出版する。書・詩・画に優れていた。57歳で没する。

オリジナルの真筆サイズ

紙本彩色 軸装 85cm×34cm

A3(額縁セット)
在庫状態 : 在庫有り
¥2,800(税別)
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